六代目 木谷喜六

お茶に込めたる熱い思い

お茶も天然自然の植物でありますので成長には大地の恵みがもっとも大事な要素になってきます。
平等院でおなじみの宇治川の源、田原川流域のきれいな水と日夜の温度格差の高いお茶造りに適した環境の中から、さらに厳選された農家にて環境に優しい減農薬有機肥料中心に生産した宇治田原茶。

その恵みに逆らわず、土づくりから始まって、春・夏・秋・冬の手入れに手間を掛けてこそ、量販店・スーパーでは味わえないこの甘みが生まれます。

増産のため3回4回も摘みとる農家が多い中、年間2回のみの摘採りのため葉肉が厚く、香りが濃厚、味に優れて2煎2煎でも濃いお茶を美味しく楽しんでいただけるのも特徴です。

品質管理についても生産履歴(栽培・製茶・加工記録)の記帳を義務付けられており、農家の顔が見える、茶葉の育った畑がわかる、安心で安全なお茶です。
御希望の方には履歴のコピーや、農薬検査証明書のコピーも同封させていただいております。

美味しさ・安心安全には少々コストもかかる事も事実では有りますが、ぜひ一度、最高級茶葉をご賞味ください。

六代目 店主 木谷喜六

六代目 木谷喜六

京都宇治便り

「美味しくて安心」へのこだわり

私ども木谷製茶場は、緑茶の発祥の地・宇治田原で6 代にわたり、緑茶を作り続けてまいりました。 お茶の育成に最も適した恵まれた自然環境のなかで、お茶を飲んでくださる方々を思い、試行錯誤を重ねながら、美味しくて安全であることにこだわり、技術を磨いてまいりました。
宇治茶は、その品質の良さもさることながら、永年にわたってお茶の文化を伝承してきた由緒ある地で育てられてきました。何卒“お茶の文化”を贈る心づくしのギフト商品としてぜひともご採用いただきますよう、伏してお願い申し上げます。

木谷製茶場

宇治とお茶の文化

鎌倉時代

僧・栄西が中国より茶を持ち帰り、明恵に贈る。

明恵は、これを京に持ち帰り、栂尾、宇治、大和、伊勢、伊賀、駿河、武蔵等、いずれも現在まで続く茶の名産地に普及させた。

室町時代

茶道文化が将軍家や武家社会に広まり、義政の茶の師・村田珠光が「わび茶」を完成。

茶の風習は武士階級から庶民の生活に広がり、「茶壷」「煎物」など狂言の題材としても使われ、宇治を舞台にしたものが多く残っている。

安土桃山時代

豊臣秀吉は茶人・千利休を重用。大阪城に黄金の茶室を設ける。

室町時代、幕府の保護のもとで発展したお茶の文化は、以後、政権が変ろうとも動じないほどに、日本の文化として定着。

江戸時代

参勤交代のある大名たちにとって茶の湯は必ず身につけるべき教養と位置づけられる。

朝廷、将軍家、諸大名の御用茶の調達は宇治茶師と呼ばれる特定の製茶業者が一手に引き受けていた。
宇治から江戸に向かう『お茶壺道中』は神聖視され、将軍自身の行列に準じる扱いを受けた。

明治時代以降

幕藩体制の崩壊で、お茶の業者は後ろ盾を失うが、鎖国が解かれ、お茶は生糸と並ぶ重要な輸出品として、取扱量が急増。

他の産地とは一線を画し、宇治茶は歴史文化の彩りが濃く、心を潤すお茶として根強い人気が保たれており、ギフトとして最適。